【昔は良かったなんて幻想である】

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少年犯罪データベースによると、昭和30年代後半≒「三丁目の夕日」の街で起こる未成年の殺人犯罪率は、現在の3倍以上なのである。狂う子供は、今も昔も居る。結局、体感している治安っていうのは、いい加減なもので・・・大部分が実体験ではなくマスコミによってもたらされているのである。

 

日本は、治安が悪くなった。凶悪犯罪が増えたと騒いでいるが・・・人口10万人当たりの殺人発生率を見ると、日本が、0.62人。アメリカは、その約10倍の6.8人。お隣の韓国は、約2.5倍の1.62人。南アフリカに至っては、約120倍の75.3人だ。

 

日本は、親殺し、子殺し=「家庭内殺人」が増えたと騒ぐが・・・殺人発生の総数が減れば減るほど、面識のない人間同士の殺人数が大きく減少していき、自然と、家庭内殺人比率が数字上、上昇していくというわけで、「家庭内殺人」の総数そのものが増えているわけではない。むしろ減っている。

 

世界一というほど殺人発生率は少ないのに、世界一というほど殺人事件を報道する国が、日本というわけだ。少年犯罪を、ゲーム体験等によるバーチャル世代の犯罪とマスコミは決めつけるが・・・私達自体が「異常殺人ばかり」というマスコミの作り出したバーチャルにはまっているという認識を持った方が健全である。マスコミは、「日本は悪くなっていると言った方」が、視聴率がとれる。実質的利益は、「現在を悪とした方」が効率的にとれる。そういう原理だけで、昨今の昭和ブームが動いているのではないかと懸念する。

 

そう輝いてもいない21世紀の現在。「右肩上がり」の成長は、もう期待できない。その中で、輝くであろう21世があるから美化できた昭和30年代を、手放しで賞賛し、「昔は、良かった・・・」「いまの若い者は・・・」というのは、いささか、大人として無責任である。

 

日本は、決して、犯罪大国ではない。交通事故も、犯罪件数も、全部減っている。増え続けているのは、「犯罪の報道の量」と「大人たちの未来なき悲観論」と「自殺者」である。現在が悪なのではなくて、それを見る目、伝える手が、粗悪になったのだ。

 

かつての貧しさや不幸を是とせず、これからの貧しさや不幸を想像もせず、他人事のように、現在の貧しさと不幸を糾弾するっ。現在の日本に足りないのは・・・自分は、これからも貧しい人間になりうることがありうるという想像力。自分も、犯罪の加害者になりうることがありうるという想像力。「平凡に生きる」ことへの寛容である。

 

昭和ブームに、学ぶべきことは、「昔はよかった」なんて憧憬=退行ではなく、隣にある、そして、自分にも降りかかるであろう適度な貧しさや不幸への共感であり。マスコミがつくる「のっぺりとした正しいだけの世界」ではない。小さな不幸や貧しさが精神を引き締めている陰影ある社会への理解である。

 

未来を提示しないままの、過去の美化は、思考の停止だ。これからの世の中は、小さな不幸や貧しさを抱えて生きる覚悟をしなきゃいけなくなることを、これからの若い人達に教えてあげなくちゃいけない。「昔は良かった」なんて思い出に浸る前に、その分際に会った幸せの抱きしめ方を教えてあげなくちゃいけない。それが、昭和を生きた私達・大人の役割である。

 

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