【どす黒くてドロドロした何か】

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「どす黒くてドロドロした何か」が肝心である。誤解を承知で言うと「どす黒くてドロドロした何か」が入手できない人は、プロではない。

 

パソコン1つで、世界各国の情報が検索できるようになった。お金を出せば、数日で市場アンケートの大量集計ができる仕組みも整った。しかし、それらは、次のビジネスや未来を産むために、本当に有益な情報なのか。頭でっかちの専門バカに集まる情報は、たかが知れている。エキスパートになるだけのハウツーを積み重ねても、その競走にキリはない。大きな差には、結局、ならない。

 

頭を下げることができるヒトのところに、熱に溢れたピチピチの情報は、集まる。自分の利害を最小化できるヒトのところに、気持ちの載った使える情報は、降ってくる。とどのつまり、道徳や、礼節や、人間として当たり前か否かが、これから大きな武器になる。「どす黒くてドロドロした何か」という資産は、こういう人のところに集まるのである。

 

プロである前に人間である。「どす黒くてドロドロした何かが集まるまっとうな人間」であることが、プロの礎であるべきなのだ。良い性格の人間が、良い企画をする。良い商品を創る。「どす黒くてドロドロした何か」を昇華できる心のある人間が、良いプロになる。こういう物言いに賛成である。

 

アメリカの建国の父/ベンジャミンフランクリンは、あれだけの業績を遺しながら、こんなことを言っている「あなた自身ほど、しばしばあなたを裏切ってきた者はいるか」と。実は、「自分」が一番信用できない。「自分」を理念や思考の頂点に置いて形成した国家や事業には、必ず裏切られるというわけだ。「どす黒くてドロドロした何か」は、ホントは、自分だというわけだ。

 

「キレイでキラキラした何か」をアウトプットするために、「どす黒くてドロドロした何か」をインプットする日常が、また始まってしまっているのである。

 

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