【「知り方」を知ることである】

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日本刀研ぎ師の著名なお師匠さんが、テレビ番組でこんなことを言っていた。「仕事の出来る子は、料理でも、掃除でも、なんでもできる。視ているところが他の子とは、違うんですよ」と。

手先が器用なだけでは、師匠のような職人にはなれない。師匠の技を盗むだけでは、同じようにお客様の支持を得ることはできない。師匠ばかりを視ていては、成長に限りがあるのだ。

「師匠を見るな、師匠が視ているものを視よ!」技芸の伝承の奥義である。師匠の視点の先にあるものは何か。師匠は、何に感動をしているのか。師匠は、いつも何を欲しているのか。その技術を通して、師匠が実現しようとしていること自体を視て、感じることがなければ、本当の成長はない。

学ぶことは、真似ることから始まる。しかし、本当に真似るべきところは、師匠が何を視ているかである。師匠が描く心像に感化され自分の視座の低さを嘆くところから、学びの速度は画期的に加速する。

学ぶ側だけはない。教える側にも、その原理に気づく必要がある。星の王子様の作者であるサン・テクジュペリは、こんなことを言っている。「船をつくりたかったら、人に作業を割り振るのではなく、はてしなく続く広大な海を慕うことを教えよ」と。

弟子であるスタッフたちの成長が遅いと嘆く前に、教える自分が視ているものを改めて視てみるもうひとつの視点が必要なのかもしれない。技術だけのこと。売上だけのこと。マニュアル通りのこと。本当に大事なことは、それ以外の、視えていないところにある。

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